ミスター・ブルー/ロング・ロンリー・ナイト

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 日本では「ミスター・ロンリー」についで発売されたシングルは以前に「ブルー・ヴェルヴェット」のB面としてでていた
「ミスター・ブルー」が選択された。
「ミスター・ロンリー」も元々は1962年の「愛さずにはいられない」のB面としてでていたこととタイトルに「ミスター」が
ついていたことなどが考えられるが、やはりシングルとしての反応は鈍くマイナー・ヒットにとどまった。
https://www.youtube.com/watch?v=XMelDMtpC0E
さらに日本独自に編集アルバムもリリースされた。(この年には日本で4枚のLPが発売されたがセールスは伸びなかった。)

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アメリカの原盤"There!I've said it again"に収録されていた"I can dream can't I"はここではじめて日本でも紹介された。
https://www.youtube.com/watch?v=J9NvbWQKuUg
アメリカでは1965年2月4日New Yorkで"Long lonely nights""Petticoat white"などを録音し2月19日にはシングルとして「ロング・ロンリー・
ナイト」をリリースした。
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最高位は全米17位、イージーリスニングチャートで第5位にとどまった。編曲はStan Applebaumで元々はLee Andres & the Hearts盤が
1957年に全米45位を記録した作品の焼き直しながら巧みにイージーリスニング向けにアレンジされたが1964年にFour Seasons盤が
全米102位を記録していたことも影響したのか今一つ伸びなかった。
Lee Andrews and the Hearts
https://www.youtube.com/watch?v=i_EMDg3wsu4
Bobby Vinton
https://www.youtube.com/watch?v=4hJjVkosUnw
この時期ボビーはTVに頻繁に出演した。"Ed Sullivan Show""Hullabaloo""Patty Duke Show"など。
"Hulabaloo"からのシーン。
https://www.youtube.com/watch?v=QAlsU1_VlL
アメリカのNBCで1960年代に放送されていた番組「フラバルー」にボビーが出演したのはこの1回のみで
理由については番組でホストを務めたボビーのマネジャーであったアラン・クラインがその出演シーンについて
クレームをつけたため"Bad boy of TV"と呼ばれるようになりこの後TV出演が減ったことが1978年に出版された
自伝"Polish prince"に記載されていますがアラン・クラインについてその役割を否定するような記述はなく
事実を述べるという姿勢が示されています。自伝には記載がありませんがローリング・ストーンズのミック・ジャガーが
ボビーに相談にきたためアラン・クラインを紹介したという事実もあります。
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1965年3月12日ボビーは次のシングル"L-O-N-E-L-Y"をNew Yorkで録音します。編曲はFour Seasonsなどとの関わりで知られる
Charles Calleroが担当。ボビー自身が書いた美しいバラードで4月19日にリリースされ最高位22位、イージーリスニングチャートでは
7位を記録する。これで3作続けてタイトルに「ロンリー」を含む作品となった。
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https://www.youtube.com/watch?v=PxcstaGMgOU
B面の"Graduation tears"(涙の微笑)はBobby Vinton-Gen Allanの作品。オランダでは裏面にもかかわらずヒットチャートにはいるなど彼の
ファンには評価の高い作品。「講堂は涙であふれている。友人たちと別れなくてはならないが、またいつか必ずもどってくる。
卒業式の涙を流すために・・」と歌われる作品。1966年のシングル"Red roses for Mom"のB面"College town"も同じ曲で詩を変えて
録音している。
https://www.youtube.com/watch?v=S0s_2Dc29Hk
j45longlonely.jpg
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