3人のロバート

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ボビー・ヴィントン(スタンリー・ロバート・ヴィントン)
1962-1965年の間、好調を維持していたボビーだが1966年になると、やや人気が後退し、いろんな試みがなされた。当時ボビーのマネジャーを務めていたアラン・クラインは後にボビーの紹介で英国のAnimals, Rolling StonesなどをへてやがてはBeatlesとも関係をもち、グループを分断するようなやりてでもあった。
 
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 Copacabana, Coconuts Groveのようなナイトクラブへの出演でエンタテイナーとしての魅力をアピールし新しいファン層を築こうとした。1966年5月末から6月上旬にかけて出演した"Copacapaba"では公演の模様が録音され公式にアルバム"Lve at the copa"としてリリースされた。
 
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Times Squareには宣伝用に大看板が掲げられた。
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アルバムには6月2日と3日の公演から内容を選び収録されたが、音だけでは限界もあったようです。
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 Hit medley: There!I've said it again/Roses are red
Washington Square(Village Stompers) Blue velvet(Bobby Vinton)
 https://www.youtube.com/watch?v=f_B5ic8sNwc
 ここで当然、Village Stompersが何故ボビーの公演に参加しているのか?
 という疑問がでる。「ワシントン広場の夜はふけて」の大ヒットのあとパットせず
 Epic Recordsは彼らを解雇しようとしていた。それに待ったをかけたのは
 ボビーで彼らを再生させようと実質的に彼らの権利を取得しアルバム"One
more time"をボビー自身がアル・カイオラを編曲者に雇い制作したのです。

 
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そしてシングルとして
 "Mame"をリリースしますが、あたらず彼らは解散へと向かいボビーの思惑は
 はずれてしまいます。

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 ボビーの関心はVillage Stompersより当時Epicに在籍していたGlenn Miller
Orchestraにあったのです。彼らのレコード制作を担当していたのがBob Morgan
でMorganは彼らに"Blue velvet""Mr.lonely""There!I've said it again"なども録音させています。ところがGM orch.はこの公演の頃にはレコード会社を移籍し
Bob Morganも新しい活躍を求めてフリーとなりCBSを退社してしまうのです。

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 Bob Morgan(Robert Morgan)

 アルバムに戻りましょう。この他ボビーが地方公演で主役をつとめたMusical"Music Man"からの1シーンを演じたり、おなじみのInternational Medley,過去に活躍したエンタテイナーへのtribute songなどが続きます。
 "Old MacDonald"では楽器演奏のテクニックを披露します。トランペット、クラリネット、サックスそれにタップダンス
 も披露しています。

https://www.youtube.com/watch?v=wusLG5eV-Ao

 "Mr.lonely"には特別な思い入れがあるのでしょう。メドレーではなく切り離して歌われます。
 https://www.youtube.com/watch?v=Nd9JCQG9VFM

公演は成功しますが、アルバムのセールスは伸びず、若者ばかりでなく大人たちからも好感を持たれていたボビーでしたが、ショウ・ビジネス界はそれほど甘いものでなく、やはりヒット曲が必要だったと思われます。

当時、ベトナム戦争にどっぷりつかっていた米国ですがボビーは自国への想いをはせ自作の"Coming home soldier"を1966年10月4日New Yorkで録音。
制作・編曲・指揮はRobert Merseyが担当しました。「ミスター・ロンリー」
 の続編ともいうべきこの曲は米国民の支持を得て最高位11位を記録するヒットとなりました。
ロバート・マーシー(1917-1994)は当時Andy Williamsのレコード制作に区切りをつけボビーがNashvilleに拠点を移し活躍を始めるまでの短期間ボビーのレコード制作を担当しヴォーカリストとして育つように巧みにプロデュースをしアルバムの制作に着手します。

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Robert Mersey
 
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 https://www.youtube.com/watch?v=K4cj8247wyM
 
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 ボビーが歌手としてデビューした1962年マーシーは「ミスターロンリー」「涙の紅バラ」「涙の太陽」の編曲・指揮
を担当したが、その後1965年にも映画「ハーロー」の主題歌"Lonely girl"でも再び編曲・指揮を担当していたことも
記憶しておかねばなりません。主題歌を歌うにあたりボビーは多額のギャラを受け取ったとされており、曲はスタンダードとしてのこりTony Bennett, Peter Neroなども録音しました。

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 https://www.youtube.com/watch?v=t4jlV-KYTFc
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